
ひきこもりの定義と支援の必要性
ひきこもりの定義
いきなり引用で長くなりますが、『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』の定義は以下になります。
「様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には 6 ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である。なお、ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである。」
厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学研究事業 思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』 2010年 より
上記のガイドラインでは、統合失調症に言及されています。支援者はこのようなアンテナを張っておく必要があります。
2021年の東京都ひきこもりに係る支援協議会は提言の中で、以下のように定義しています。
・ 様々な要因により、社会的参加(就学、就労、家庭外での交遊など)を避け、 原則として6か月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態
・ 状態を指す概念であり、それ自体は必ずしも問題行動や疾患を意味するわけではないが、当事者は自尊感情を失っていたり、生きがいをもって自分らしく、よりよく生きる意欲や勇気を失っている場合が少なくない。 また、長期間に渡るひきこもりの状態により心身に悪影響を及ぼす恐れや社会的孤立、経済的な困窮などにつながる可能性があることに留意が必要
東京都ひきこもりに係る支援協議会『ひきこもりに係る支援の充実に向けて 提言』2021年 より
上記の2つの定義によれば、ひきこもりは診断名ではなく状態を現す言葉です。
長い人生の間に、ひきこもり状態になることが必要な場合もあると思います。
では支援が必要なのはどのような場合かというと、
本人の望むのに再度の社会への参加ができなくなり、本人と家族が不安を抱えて葛藤する状態なのだと思います。
ひきこもりは、自信や意欲が下がって、孤立しやすいです。そうなると経済的にも困窮します。
この状況は、二次的に不眠、うつ、不安、強迫、妄想、摂食障害、心身症、家庭内暴力などを生じることがあります。
家族も、本人がひきこもりであることに引け目を感じたり、本人の家庭内暴力に苦しんでいたり、といった状態も珍しくありません。
本人が望まずにひきこもりの状態になり、家族も消耗しているならば、支援が必要です。
支援の対象は、本人だけではなく、家族も含めて、です。
偏見が孤立を深めます
また引用ばかりになってしまいますが、必読と思う内容ですので載せます。
境泉洋先生が研修で話された内容が特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会のホームページから閲覧できます。
ひきこもりを生む最たる社会要因は偏見である。ひきこもりは悪いことであるという偏見が、ひきこもりになったことを隠したいという思いを強めてしまう。その結果、ひきこもりになっても助けを求めることができずに、孤立を深めていくことになる。このサイクルになると、ひきこもりが長期化すればするほど偏見が強くなるという悪循環に陥ってしまう。
特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族連合会 令和3年度厚生労働省民間団体活動助成事業 ひきこもりの理解促進と支援体制の充実・活性化のための人材育成に関する事業『ひきこもりの理解促進と支援力向上のための研修会 研修抄録・報告書』2022年 より
(前略)ひきこもること自体は問題ではないという認識の共有が、ひきこもりを生まない社会づくりの第一歩である。
特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族連合会 令和3年度厚生労働省民間団体活動助成事業 ひきこもりの理解促進と支援体制の充実・活性化のための人材育成に関する事業『ひきこもりの理解促進と支援力向上のための研修会 研修抄録・報告書』2022年 より
社会に求められることとして、ひきこもり経験者を社会の一員として積極的に受け入れることが挙げられる。ひきこもり本人は、自ら社会に入っていく力が非常に弱い。ただ、周囲の理解があれば、社会の一員として十分に貢献してくれる貴重な人材である。(後略)
本人に求められることは、自分らしく生きることである。(中略)
特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族連合会 令和3年度厚生労働省民間団体活動助成事業 ひきこもりの理解促進と支援体制の充実・活性化のための人材育成に関する事業『ひきこもりの理解促進と支援力向上のための研修会 研修抄録・報告書』2022年 より
ひきこもる生活は、人生の断捨離に成功したようなものである。自分にいらないものから離れられた時だからこそ、これからの新しい生き方を自分らしいものに再構築してもらいたい。(後略)
上記は、苦しんでいる当事者としては、きれいごと(理念を掲げられても現実は変わらない)に思うかもしれません。
ですが、本人の周囲で一人でも多く上記のような認識でいていただけると、地域がもっと住みやすくなると思います。
長期のひきこもりは当事者だけでは抜け出しにくい
斎藤環先生は内閣府の『ひきこもり支援者読本』の中で、長期化したひきこもりから本人・家族だけで抜け出せることは「極めて稀」とされています。
ひきこもりシステムとは、個人ー家族ー社会のそれぞれのシステム相互のコミュニケ ーションが断絶した状態を指す。この状態は極めて安定性が高く、外部からシステムの作動そのものを変えるような介入がなされない限り、システム全体のホメオスタシスは維持される。このため放置すれば、容易に膠こう着ちゃく状態に陥り、長期化しやすい。
内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室『ひきこもり支援者読本』2011年 より
言われてみればその通りと思います。
不登校(18歳未満)であれば、学校や自治体の福祉機関から、家庭や子どもに何らかの働きかけをしてくれます。
一方で、18歳以上になると待っているだけでは誰も助けに来てくれません。
家庭の側から支援を求めなければ、介入できる機関はありません。
そして、親子関係も断絶状態で親は諦め、本人はずっとゲーム・動画であれば、(良くも悪くも)安定した状態になります。
親子どちらかのストレスが限界になったり、親が定年してお金がなくなったり、本人のひきこもりの二次症状が重篤になったり、といった状態になるまで変化のきっかけが起きにくいです。
ひきこもりの分類と支援
ひきこもりの分類
このホームページの不登校の類型、不登校の回復段階は、ひきこもりの際にも、本人の状態像の理解に役立ちますが、
ひきこもりの場合は、不登校から更に一歩進んで、本人の状態像によって支援が異なってくる視点が必要です。
『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』には以下の表が載っています。
ひきこもりの三分類と支援のストラテジー
第一群 | 統合失調症、気分障害、不安障害などを主診断とするひきこもりで、 薬物療法などの生物学的治療が不可欠ないしはその有効性が期待されるもので、精神療法的アプローチや福祉的な生活・就労支援などの 心理‐社会的支援も同時に実施される。 |
第二群 | 広汎性発達障害や知的障害などの発達障害を主診断とするひきこもりで、発達特性に応じた精神療法的アプローチや生活・就労支援が中心となるもので、薬物療法は発達障害自体を対象とする場合と、二次障害を対象として行われる場合がある。 |
第三群 | パーソナリティ障害(ないしその傾向)や身体表現性障害、同一性の問題などを主診断とするひきこもりで、精神療法的アプローチや生活・就労支援が中心となるもので、薬物療法は付加的に行われる場合がある。 |
またひきこもり支援の多次元モデルとして以下も載っています。
第一の次元 | 背景にある精神障害(発達障害とパーソナリティ障害も含む)に特異的な支援 |
第二の次元 | 家族を含むストレスの強い環境の修正や支援機関の掘り起こしなど環境的条件の改善 |
第三の次元 | ひきこもりが意味する思春期の自立過程(これを幼児期の“分離‐個体化過程”の再現という意味で“第二の個体化”と呼ぶ人もいます) の挫折に対する支援 |
ひきこもり支援の多次元モデルですが、家族の誰かこのような視点(ひきこもり本人に何が必要か?)をもっていると、甘え・怠けなどの精神論に走りすぎてしまうことの抑止力になると思います。
またひきこもりの場合は、上記の他にも本人のパーソナリティー(性格)や職業の適正を考慮する必要もあります。
二次的な不眠、うつ、不安、強迫、妄想、摂食障害、心身症などの二次的な症状を医療機関の投薬で解消しただけでは、状態像としてのひきこもりは解決しません。
医療機関で治療が終わった→すぐ就労、とはいかないことを周囲は理解しておく必要があります。
ひきこもり本人への関わり方について
ひきこもりの分類に掲載した二つの引用を見ると、何だかもの凄く専門的な感じがすると思います。
ですが、本人との関わり方については、不登校の子どもへの関わり方と共通する部分が多いです。
家族がひきこもりに過度に負い目を感じない、親の焦り・不安をぶつけない、正論で本人を追い詰めない、ひきこもりだからといってペナルティを課したり放任しない、
といったことは不登校と共通です。
親は専門的なことをしようと意気込む必要はありません。
親は自らの子育てに罪悪感を抱くこともあるでしょう。しかし、そこから一歩進んで、まずは親が元気になることが必要です。
本人が相談の場になかなか現れないことは不登校と共通であり、支援はまずは親から始まります。
家族各人が元気に生活し、(本人の状態にもよりますが)家族として自然に本人と雑談したり食事をできるようになることが大切です。
家族の自然な様子が、本人の警戒と緊張をやわらげます。そして本人はエネルギーを回復していきます。
不登校とも重なるので、文字数を減らすために後は省略しますが、ご興味のある方は、『CRAFT ひきこもりの家族支援ワークブックー共に生きるために家族ができることー』が参考になると思います。
他に、千葉カウンセリングルームとして、大事だと考える点を2つだけ載せます。
・本人に選択・決断してもらうように関わる。
はじめは家族の挨拶から始まって、YES・NOで答えられる会話に発展していきます。その先として、ある程度会話ができる関係になった場合です。
本人には「どっちでもいい」「何でもいい」ではなく、本人が感じ・考えるように本人に促す、親は本人の答えを待つ、ということです。
自分で考える、選ぶ、決断する、ということは自立の最初の一歩です。
小さな選択から始めることがコツです。
・本人に助けてもらう。感謝を伝える。
本人が部屋から出られる状態であれば、本人ができることを家族がお願いすることは問題ありません。
これは、「どうせ何もしないで一日家にいるんだから〇〇くらいして当然」ではなく、家族が助け合うという意味でのお願いです。
本人が手伝ったり、助けたりしてくれた際には、「助かった。ありがとう」と感謝の気持ちを伝えましょう。
本人は、ひきこもり状態により、自分に自信がなかったり価値がないと思ってたりします。
「助かった。ありがとう」は、本人の中に、人の役に立った、自分は人の役に立てる、できる、という気持ちを生み出します。
このように思えることは、活動の場を広げる際の挑戦に必要です。
ひきこもりの難しい課題
お金の問題(親の定年後の生活費)
親の定年退職が視野に入ってくると、親のリタイア後のお金の問題が現実のものになってきます。
この問題は親を焦らせます。そして親の切迫感は本人にも伝わります。
動き出す準備ができていない本人を、親の切迫感から何とか動かそうとすると、逆効果になります。
不登校の急性期に、登校させようとすると、家庭内暴力になったりするのと同じです。
ですので、できればある程度お金の見通しがつく状態にできると、親子ともに落ち着けると思います。
そうすると、本人がますますひきこもり状態に安住するのでは、と考える方もいるかもしれませんが、本人は社会参加の重要性は理解しているものです。
重要性は理解しているが、成功する自信がなく動けないのです。
安心できる環境があるからこそ、次のステップとして自信を増すための挑戦に挑めます。
文字数が増えてしまうので詳細は控えますが、
この課題に直面されている方は、『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでも どうにかなるって本当ですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』を読んでいただけると良いと思います。
就労のハードルの高さ
不登校の場合は、不登校→再登校と進めることも多いと思います。
ですが、ひきこもり→就労の二段階で進めることは稀でしょう。
不登校の場合は、とりあえず学校に行けばいいのですが、ひきこもりから就労するには就職活動をして採用されなければなりません。
不登校の子どもが担任に歓迎されて在籍校に戻るのと、
ひきこもりから履歴書を作って面接を受けて就職、職場での責任を果たして就労を続ける、とでは難易度が違います。
ひきこもりから就労となると、
家族による本人支援→支援機関による家族支援(支援を受けた家族による本人支援)→(可能であれば支援機関の訪問による本人支援)→本人が支援機関(相談機関・医療機関)に出向いて支援をうける→居場所参加→(場合によっては就職活動準備(講習や訓練))→就職活動→就労
と段階を踏む必要があります。
段階的に底上げをして、足元を固めてからでないと、就労の高いハードルは越えられません。
というより、段階的に底上げして自信をつけていかないと、就職活動をしようという気持ちになれません。
親としては、何て先の長い道のりなんだ、と思うかもしれません。
そして実際に、就労への道のりは長い、と思っていただいた方が良いです。
ですが、部屋から出たならば、行きつ戻りつしながらも少しずつ前に進む、と親が本人を信じる姿勢があれば、本人も挑戦してくれるものと思います。
ひきこもり支援のゴールは…
とても大事なことなのですが、ひきこもり支援のゴールはどう設定すれば良いのでしょうか。
ひきこもりも20代と50代では、ゴールも変わってくるでしょう。同じ就労を目指したとしても、年齢により雇用形態や給与も目標は変わってきます。
また就労と言っても、新型コロナウイルスの影響で働き方も変わりました。
人に会わなくても、家から出なくてもお金を稼ぎやすくなっています。
国が投資・副業と言っている世の中ですので、会社からお給料を貰う以外でお金を稼ぐことが、更に一般的になってくるのではないでしょうか。
ひきこもりのゴールを考えると、
苦手なことをどこまで頑張ろうとするのか、何を頑張って何を諦めるのか、自分にとって何が幸せか、自分と身近な人が幸せならば何でもアリではないか、本当はどう生きたいのか、
と壮大な話になってしまいます。
親としては、とりあえず少しでも早く親亡き後に生きていけるようになって安心させてほしい、そんな哲学みたいな話はその後でいい、という思いだと思います。
ですが、親も本人も、広い意味でひきこもりのゴールを考えられるような視野の広い状態、大らかな状態になれると、就労への気負いも減ると思います。
大らかさが先か、就労が先か、鶏と卵のような話ですが、視野が広がり気負いも減ると、失敗への恐怖も減り、就労に結びつきやすいのではないでしょうか。