動機づけ面接
概要
「動機づけ面接法」(Motivational Interviewing,以下 MI)は、米国のミラー(Miller, W.R.)と英国のロルニック(Rollnick, S.)によって開発されました。
面接者の「正したい反射(間違えや矛盾を指摘し修正したくなること)」を抑え、行動変容に伴う両価性「変わりたい、一方で、変わりたくない」という相談者の気持ちを丁寧に扱います。
MIは目的とする行動(禁煙など)や変化に関する発言(チェンジトーク)を強化することで、
相談者の大事にする価値と変わりたくない行動との矛盾を拡大します。
相談者自らがその矛盾に気づき動機づけを高めて行動に繋がる、
というプロセスを支える相談者と面接者の協働的な対話の”スタイル”です。
もともとアルコールや薬物などの依存症治療のために1980年代から開発されましたが、その効果の有効性から現在では産業保健分野など(運動不足、食生活の乱れ、飲酒・喫煙などを原因とする生活習慣病の面接)でも用いられて有効性が認められています。
MIの精神
MIの概要をざっとあげると、まず特徴としてMIの精神-Spirit(姿勢や心構え)が重要です。以下の4要素の頭文字をとってPACEと呼ばれます。
・Partnership(協働):相談者を相談者自身の専門家として、面接者と二人の専門家と考える
・Acceptance(受容):正確な共感、自律性支援、是認(認める)、絶対的価値(どんな状況でも価値があると考える)
・Compassion(思いやり):相談者の幸せを第一に考える
・Evocation(喚起):誰でも変わりたいという思いがあると信じて、引き出す
面接者は相談者と二人の専門家として協働関係を築き、相談者の福利と自己決定を一番に優先します。
面接者が相談者に一方的に指導や説教はしません。
相談者に純粋な関心を寄せ、相談者の価値観を理解し、変化する動機を引き出します。
そのやりとりは”ダンスを踊っているよう”と例えられます。
MIの中核技能
面接者が具体的に用いるスキルとしては以下の4つがあり、頭文字をとって、OARS(オールス)と呼びます。
・Open question(開かれた質問)
・Affirming(是認):相談者の強み・努力・姿勢を認める
・Reflecting(聞き返し):気づきを促す(聞き返しは質問ではなく語尾を下げます)
・Summarizing(要約):チェンジトーク(変わりたい発言)を花束のようにまとめる
MIの4つのプロセス
面接のプロセスとしては、以下の4つのステップを踏んでいきます。上記のORASを以下の4ステップそれぞれで行います。
実際には、行きつ戻りつしますが、注意点としては前の段階を終えられていないと次に進んでも上手くいきません。
・Engaging(関わる):相談者と面接者の関係を作る
・Focusing(焦点化する):テーマ・目標を決める
・Evoking(引き出す):変化への意欲を引き出す、動機づけを高める
・Planning(計画する):具体的な行動を考える
事例
以上、全体像をあげましたが、他にもたくさんあります。
聞き返しにも種類があったり、引き出す段階での重要性の認識と自信を高める必要だったり、維持トーク(今のままでいい!という発言)への応答の仕方だったり、情報提供の仕方だったり…
ただ動機づけ面接は事例でみるのが一番分かりやすいです。
〇行政機関とのよくある面接
行政職員(以下、行):近隣から、子どもの泣き声と、大人の怒鳴り声が聞こえるっていう情報があってきたんですが…。心当たりはありますか。
保護者(以下、保):ああ、週末、どうしても宿題やらなくて…。やることやってから遊びって言ってるんですが…
行:そうだったんですね。お子さんの泣き声が聞こえたという情報なんですが。
保:まあ、言ってきかないので…。叩いてしまって…。
行:そうでしたか。法律も変わって、今は叩くのは虐待なんですよ。
保:ええ。でも、まあ、何回言っても言うこと聞かないんで…。
行:大変なことは分かりますけど、脳にも影響がでることが分かってるんです。誰か手伝ってくれる親族とかいないんですか。
保:実家は遠くて、夫も仕事で…。
行:そうですか。大変だと思いますが、叩かないようにお願いします。じゃ、このパンフレット(虐待防止パンフ)もお渡しします。さっきお伝えした脳への影響も書いてありますので後で読んでください。何か困ったことあったらこの名刺の番号に電話してください。
保:はい…。わかりました…。
〇動機づけ面接
行政職員(以下、行):近隣から、子どもの泣き声と、大人の怒鳴り声が聞こえるっていう情報があってきたんですが…。心当たりはありますか。
保護者(以下、保):ああ、週末、どうしても宿題やらなくて…。やることやってから遊びって言ってるんですが…
行:やることやってから、って言ってるのにどうしても宿題やらない。
保:ええ。何回言っても…。やればすぐ終わるのに…。
行:やればすぐ終わるんだから、終わって気持ちよく遊んでほしいのに、どうしてもやらなくて困っていらっしゃる。
保:そうなんです。そんな大した量じゃないのに、何でやらないのか…。何か理由があるのか。何なんでしょうか。
行:宿題にお困りの方は多くて、理由はそれぞれです。今、よくある理由をいくつかお伝えしてもよろしいでしょうか。
保:はい。お願いします。
行:では。よくある理由は~~。ただ実際に〇〇君に当てはまるかどうかは、ご本人から聞いてみないと分かりませんが。もし〇〇君が話せるようなら、私が直接聞いてみるのもアリと思いますが、どうしましょうか。
保:はい。じゃあ聞いてみてもらえますか。話すか分かりませんが。
行:わかりました。もう少し教えていただきたいのですが、よろしいですか。
保:ええ。
行:日ごろ、〇〇君が言うこときかない時は、親子のコミニケーションはどういう感じですか。
保:もう最近は本当に…私もイライラして…。今回も叩いてしまいました。
行:そうでしたか。親も人間ですからイライラしますよね。今の保のお話の感じだと、もし何か叩かなくてすむ方法があれば、という思いもある。
保:ええ、それはもう。叩きたいわけじゃないんです。できれば…。何かありますか。
行:やってみないと分からない面がありますが…。今日はアポなしで来ちゃったんで、では今度またお伺いしてよろしいでしょうか。今度は最初に〇〇君にお話を伺って、そのお話を踏まえて保と。お話の内容によっては、心理士とも面談できますので。
保:お願いします。
行:では、今日は失礼します。
行政のよくある面接では、保護者との協働関係ができていないのに、いきなり叩くことに焦点を当てて、一方的に指導的なことを言い、許可を得ずに情報提供(パンフ渡し)しています。
体裁上は、困ったら電話してください、と言っていますが保護者はもう話したくないでしょう。
動機づけ面接では、保護者の気持ちを推測した聞き返しを行い協働関係を作れています。
情報提供も許可を得てから行っています。
また保護者の叩かないで子育てしたい思いも言語化されてきています。
行政のよくある面接とは結末が全く異なります。
事例のように、面接者の応答一つで面接の結果は大きく変わります。
また動機づけ面接法は”スタイル”なので、環境を選ばずに短時間でも効果を発揮しやすいのも、ありがたい特徴です
最後に
動機づけ面接は両価性(変わるメリットとデメリットの間で揺れる)の状態に有効です。
また、「そもそも相談をしたくない」という方との面接には必須の技法だと思います。
たとえば、家事・育児を全くしないで夫婦関係が悪化してカウンセリングに連れてこられたお父さん、夜中までスマホ・ゲームばかりで成績が下がった子ども、などなど…
何となく良くないことは分かっているけど変えたくない(変えられない)、相談なんてしたくない(〇〇を止めるように言われることは分かりきってる)、といった方々には動機づけ面接は必須です。
ですので、ゲーム・スマホへののめり込み、家庭内暴力、夫婦関係の問題、万引きや家金持ち出し、不登校、ひきこもり、といった千葉カウンセリングルームの主な相談内容の全てに必要な技法です。
他にも(上記に書いていませんが)動機づけ面接法の”価値の深堀り”は、あまり積極的ではない大人や、投げやりになっている子どもの意欲を引き出すことに有効と考えています。
引き出す段階での、人が行動するには重要性の認識と自信を高める必要がある、という考え方もありまして、そのまま不登校や引きこもりの支援に活かせます。
上記のように動機づけ面接はその名の通り動機づけに効果的です。
ですが計画する段階で面接者から提供する情報が無茶なものだったり、実際に行う行動の内容が的外れだったりすると、相談者のせっかく高まった変化への意欲も下がってしまいます。
動機づけを高めることは問題解決の前提で大切ではありますが、それだけではゴールには到達できません。
問題行動自体への知識や、他の心理療法との組み合わせが必要になります。
動機づけ面接も概要を文章にすると簡単そうですが、実際に行ってみると非常に難しいです。
動機づけ面接の対話は”ダンスを踊っているよう”と例えられますが、そこに至るまでにはトレーニングが必要で、カウンセラーも日々精進しています。
参考文献
磯村毅(2019)『失敗しない!動機づけ面接―明日からの産業保健指導が楽しくなる―』南山堂
William R. Miller,Stephen Rollnick(2013).Motivational Interviewing-Helping People Change-Third Edition.Guilford Press.(ウイリアム・R・ミラー,ステファン・ロルニック 原井宏明(監訳)(2019)動機づけ面接〈第三版〉上 星和書店)
William R. Miller,Stephen Rollnick(2013).Motivational Interviewing-Helping People Change-Third Edition.Guilford Press.(ウイリアム・R・ミラー,ステファン・ロルニック 原井宏明(監訳)(2019).動機づけ面接〈第三版〉下 星和書店)
ご興味のある方は、まずは『失敗しない!動機づけ面接―明日からの産業保健指導が楽しくなる―』が読みやすくて分かりやすいと思います。